イシャヤな毎日

明けましておめでとうございます

2020/01/06 18:08 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2020/01/06 18:08 に更新しました ]

明けましておめでとうございます!
みなさん、良い年末・年始を過ごされましたか?

私たち(私と主人)は、日本で素晴らしい時間を過ごすことができました。

まずはなんと言っても、素晴らしいコースになったこと。
実家への帰省を遅らせて、または帰るギリギリまで、海外出向の直前に、あるいは退院したての体調を押して、と、
年末の忙しい中、みなさんがそれぞれの事情を押して参加してくださったことに、言葉では表現しきれないほど深く感謝しています。
今回も新たに、20年ほど前に習った方が参加してくださいました。
新しい方が習ってくださることにも喜びや楽しみがありますが、こうやって自分で続けてくださっている方、
あるいはふと思い出して来てくださる方に、感謝の念がつきません。

みなさんと一緒にアセンションができて、みなさんの経験を分かち合って頂いて、本当に嬉しかったです。
貴重な時間をありがとうございました。


そして帰国するたびいつも思うことなんですが、、、日本は素晴らしい国ですね。
人が優しい。
アメリカ人も優しいんですが、ちょっと違う優しさなんですね。
食べ物、便利さ、その他色々な細かいところで ”日本人はなんて優秀なんだぁ” と思わずにはいられませんでした。

というのが旅のレポートですが、今年もボチボチ続けていきますので、どうぞよろしくお願いします。
アセンションを習ったみなさんは、年明け、休み明けのアジャストメントに、しっかりアセンションしてくださいね。

では!


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本物を知る Study of Self

2019/12/21 18:44 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2019/12/21 18:51 に更新しました ]

いよいよ日本への出発が迫って来ました。今回がコース前、最後のポストになるかと思います。
そんな今日は、私の先生と最近した話を紹介したいと思います。

先生はつい最近、とある詐欺事件捜査官のインタビュー記事を雑誌で読んだそうです。
様々な詐欺師、ペテン師の捜査に携わってきた彼に、一体どのようにしてこれらの詐欺を見破るのか、と質問したところ、

「You only study real. (本物だけを学ぶんだ)」

と彼は答えたそうです。
通常だと、ありとあらゆる詐欺のパターンを研究し、頭に入れて・・・と思いがちですよね。
ところがそうではない。

本物だけを深く、しっかり学ぶ。そうすることによって、本物でないもの、”ニセモノ”は匂うようになる。
私はこの言葉の深さがとても心に染みました。

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アセンションは同じように、”本物を学ぶ”ためにデザインされた手法です。
ここでいう”本物”、とはなんのことでしょうか?

私たちの本来のあり方です。

年齢、性別、名前、職業、人格等々、自分のすべての”レッテル”をはがした時、何が起きるでしょうか?
私たちは消えてしまうでしょうか? ーそんなことはありませんね。

ではそこに残る”自己”とは、一体なんでしょうか。

これまで培ってきた自己イメージをすべてどけたとき、
そのイメージを結ぶことを可能にしていた、私たちの存在の基盤が明らかになります。

それは色もない、形もない、匂いもない、純粋な意識そのものです。

でもこれは説明を聞いてわかることでもなければ、頭の中の思考パターンや行動パターンを分析したり、
タイプ分類することではわかりません。

ニセモノを勉強してもわかることではないのです。
また、頭で知識としてそうなんだ、と知ってもまったく価値のないものです。よく使われる例えですが、
料理のメニューやレシピを読んでも、食べてみなければ味はわかりません。

純粋な意識としての自分は、直接的な体験を通してしかわかりません。これは科学者たちも言っています。

アセンションでは、本物の自己、存在の基盤としての自己だけに焦点を起きます。

アセンションの手法は、”私”という条件づけられたパターンを瞬時止め、この存在の基盤を自然にあらわにします。
ただ繰り返し直接体験し続けることで、やがてゆっくり表層意識においてもそれが自然な状態であると認識されます。

ここでおや?と思った方はいるでしょうか?アセンションでは心の表層から内側に働きかけようとするのではなく、
初めから存在の基盤、私たの一番深い部分に直接働きかけるのです。

だから効果的であり、私たちの深い部分がまず動き・変化していきます。頭というのは私たちが過大評価するほど
実際には賢くなかったりするので、むしろ頭の表面でわかるのは最後です。

だからアセンションでは、まず、やってみてください、といいます。


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アセンションについて、色々ご紹介してきましたが、もし興味があったら、是非ともコースにきてください。
日本ではなかなかコースをする機会はないので、この機会を利用していただけたらと思います。

では!

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アセンションを習う条件

2019/12/18 19:06 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2019/12/18 19:07 に更新しました ]

アセンションを習うのに、実践するのに、どんな条件があるでしょうか?どんなことが必要でしょうか?

”アセンションを実践するのに必要な条件はありません。
どんな価値観(信念)も変える必要はありませんし、ライフスタイルを変える必要もなければ、習慣を変える必要もありません。”
(MSI)       

なぜならば・・・

”より高い意識の体験が実際に普遍的なものであるならば、どのような宗教的・政治的・経済的なバックグラウンドを持っている人でも体験できるものでなくてはなりません。

またその(高い意識を体験する助けとなる)テクニックは、物凄い知性を備えた人だけが活用できるような、複雑なものであってはなりません。

あるいはまた、並外れた献身を必要とするゆえに、素晴らしく気高い心を持った人のみが、己の無知を突き抜け神の御心に到達できる、などといったものであってはなりません。

今の時代に普遍的に求められているのは、このような体験がすべての人に開かれているべきだ、ということです。どのような人生を歩んでいる人でも実践でき、望んでいる結果が得られるようなテクニックでなくてはなりません。”                (MSI)


最初にこのような”無条件さ”を聞いたときには、まったく信じませんでした。

”スピリチュアリティ=完全無欠の善人になる”、というとてつもないアイデアを持っていたので、
そんなことを言われても、自分は完全無欠の善人を達成するのだ!・・・と思っていました。
また自分のことを少々頭がいいと思っていたので、アセンションを真っ先に理解できる、してみせる、とも思っていました。

・・・やれやれ、エゴ、および条件づけというものは・・・です。

当然、そんな考えから無用な努力を持ち込み、自分で自分を苦しめたりしましたが、その度に
”大丈夫、なにも間違ったことはしてないよ” と言ってもらいました。

途中で怠けても、手を抜いても、”そんなんだったらアセンションする資格はない!” などとは言われませんでした。

”ただ思い出したときに、ゆったりと戻るんだよ” インストラクションはいつも一貫していました。

4歳児がスイッチを押しても、電気技師がスイッチを押しても、電気は同じように点灯しますし消えます。
アセンションも同じように素晴らしく機械的です。

必要なことはただ実践すること、それだけ。
アセンションをするにあたって何かを手放す必要も、浄化する必要もありません。なんの準備もいりません。
ただ子供のような好奇心を持ってやってみるだけ、それだけです。



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内的葛藤

2019/12/13 9:18 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2019/12/13 9:18 に更新しました ]

みなさんは頭の中で、一人検討会をしていますか?笑

あれをやろう、と思った次の瞬間に、やっぱりこれをしなきゃ、と別の考えが浮かぶ。
こうしたい、と思った次の瞬間に、でも前回こうしたらああなったし・・・、と否定する声がする。
自分の中の論争の声に耳を傾けているうちに結局、思いついたどれもせずに終わってしまう。

あれこれの声を聞いているのが行動に現れることもありますね。

会社の昼休みに、悩み事について尊敬する人に聞いて欲しいと思って携帯を持って道を歩き始める。
”いや、こんなくだらないことで彼女を煩わせるべきじゃない” という思いが湧いて気を落とし、来た道を戻り始める。。。。
”でも・・・やっぱり辛いし聞いて欲しい” また方向転換して道を歩き始める。
”あーやっぱり、こんなことで電話するのは恥ずかしすぎる。自分でなんとかするべきだ” また戻り始める。。。。

私はかつてはこんな些細な決断を下すのに、数日から1週間くらい思い悩んでいたこともあります。

私たちのマインドは、自分のなかの相反する思考に注意を奪われ、その力を散り散りにしています。
あれこれ考えすぎずに一つのことに取り掛かる。
ただこれだけの単純なことがで来たら物事はさっさと片付くのに、自分のなかの葛藤に時間とエネルギーを浪費して物事を終えられないことが、
実際にはどれほどあるでしょう?

さて、頭の中に色々な要素を検討する声が浮かぶのは悪いことなのでしょうか?

そんなことはありません。物事の色々な側面を考慮するのがとても大切な場合も多くありますし、
そもそもそれはごく自然に起きることですから、止めようもありません。
(人間は刺激に対して過去の記憶のファイルをチェックするようにできています。)

ただその思考の一つ一つに無意識に反応していると、先の例のように思いに囚われて身動きできなくなってしまいます。

どうやったら決断に至れるのだろう?
それより、どうやったら”正しい判断ができるのだろう?”

多くの人が抱く思いです。

自分の真実を見つめる手法を教えている、バイロン・ケイティという素晴らしい女性がいるのですが、彼女はこの質問に対し、
”決断は下すものではなく、訪れるもの” といいます。

でもそう聞くと、マインドはどう解釈するでしょう?
じーっと待つのだと思いがちですね。”答え”がくるのを待つのだと、待ち受ける姿勢になる。

自分のなかの葛藤と同じくらい、自分を疲れさせることになります。

アセンションでは、自分のなかの思考に気づいた瞬間に、アセンション・アチチュードを思い浮かべます。
論争が派手になって疲れた時点でようやく思い出すかもしれませんし、最初にどうしようかな、と思った時点でアセンションすることを
思い出すかもしれません。
これは習慣次第で変わって来ます。

アセンション・アチチュードはとても非個人的で美しいフレーズなので、
思い浮かべた時にマインドが小さくホッとします。
たとえすぐさま論争が続いても、またアセンションすることを思い出すなら、葛藤、内的争いを続けることは難しくなります。

マインドは一度に一つのことしかできないからです。

ゆるまった、リラックスしたマインドの状態は、何かを待ち受ける姿勢とは大きく異なり、
広々と、あらゆる可能性に自分を開く状態になります。

決断は訪れるものだ、というのは自分のごく自然な体験になります。

広々と、あらゆる可能性に自分が開かれている状態こそが、私たちの本来のあり方だからです。

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大内先生

2019/12/09 17:58 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2019/12/09 17:59 に更新しました ]

アセンションを日本に紹介されたのは、今は亡き翻訳家の大内博さんです。
大内先生はスピリチュアル系の素晴らしい本を数々翻訳されましたが、とても美しい日本語訳をされる方で、私は先生の訳した「プレアデスかく語りき」に大きな影響を受けました。

私が行ったイルカか鯨の癒しのセミナーは、大内先生のご自宅で開催されたものでした。そこでアセンションに縁をいただいたわけですが、当時の大内先生はアセンションをすでに離れた後でしたし、私はアセンションが何かなどまったく知りませんでしたから、縁というのはなんとも不思議なものです。

大内先生のアセンションとの出会いも、数々の共時性、”偶然の重なり”に導かれたものだった、と訳者後書きで述べられています。
こうやって20年以上もたった今訳者後書きを読んで、大内先生の果たした大きな役割への感謝が新たに湧いています。

”アセンションのテクニックは体験することがすべてである。一度体験すれば、単純にして強烈なその働きにハッと息をのむような思いを抱かざるを得ない。あるいは、静かではあるが着実な変化と安らぎが訪れる体験をする。” 〜スーパー・アセンション

大内先生はご自身を、”「本来の自分」を思い出す旅を歩んできた”と訳者後書きで書かれています。
その旅の中で、「すべての答えは自分の中にある」という言葉に出会います。さらに、「知りたければ知りたいと思いなさい、意図しなさい」という、読んだときには曖昧に思えた言葉が、実際には「自分の中にある答え」にアクセス出来る鍵ではないか、どうすれば「自分の中にある答え」にアクセスできるだろう、アクセスしたい、と思い続けてきた結果、アセンションに出会ったのではないか、と後書きを書きながら気づいた様子が綴られています。

・・・そう思い続けてきた結果、MSIがヒマラヤのイシャヤ僧団から託されてきたアセンションのテクニックに出会ったのだ。何ということだ、実に単純にして明快な宇宙エネルギーの流れではないか。” 〜スーパー・アセンション

文章から伝わってくる大内先生のアセンションへの情熱、愛情に深い感謝が沸いています。

アセンションの簡略な歴史、関連書籍等の情報はこのページからご覧になれます。
東京コースの詳細はこちらから。


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東京コース 申込み受付中

2019/12/02 19:20 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2019/12/03 13:50 に更新しました ]

12月26日(金)〜29日(日)、イシャヤのアセンション、ファーストスフィアコースを開催します。

私が習ったのはかれこれ20年前の12月です。
癒し系、ニューエイジ系、瞑想等、様々なコースを渡り歩いていたのですが、たくさんのお金と時間を費やした後、さすがに自分がこのような探求を始めた当初からなにも変わっていない、このままでは目新しいコースを見つけるたびにお金を使い、その時だけ盛り上がって終わってしまうなぁ、と気づきました。

”何か深く関わって、深く学べるものに出会いたい”と、宇宙に思いを投げました。
そしてその思いも乾かぬうちに、私は山の中で開催されたイルカか鯨(今となっては覚えていませんが)の癒しコースに興味を惹かれ、そんな自分に呆れるやらガッカリするやらでした。

”今回だけ、これで最後にしよう。”と自分に言い訳し、コースへ。
そしてコースに参加した私は、同じくコースに参加していた見知らぬ男性に、”瞑想コースの通訳に興味はありませんか?”と声をかけられました。英語の上達を夢見、さらにスピリチュアルなことに興味があった私には、もってこいの話でした。

興味がある、と答えた私にこの、どちらかというなら暗めの印象の男性は、コース会場の山梨から東京まで車で送りますよ、と言ってくれました。
はて、身も知らぬ、そしてちょっと暗めのこの人に、ホイホイついて行っていいものか・・・ついて行きました(笑)。
途中ソフトクリームまでしっかりご馳走になり、差し出した高速代やガス代もその方は受け取ることなく、その日はお別れしました。

待てど暮らせど、それから1ヶ月以上はまるで音沙汰がありませんでした。
そしてやっと連絡が来たと思ったら、「先生たちが一度自分でコース代を払って習ってくださいと言っているんです。」とのこと。頼んできたのはそちらなのになんて話だろう、と自分でも思いましたし、”それは絶対なんかの詐欺だよ、騙されてるよ。”と当時の旦那さんに言われましたが、1ヶ月待っている間に私の中で思い入れがすっかり膨らんでいて、もう誰になんと言われようとすっかりやる気になっていました。

そしてコースを受け・・・
最初はあまりに簡単で、ガッカリすらしたことを覚えています。

それでもアセンションを続け、私の人生は大きく変わりました。アセンションを通してアメリカに渡ることになり・・・
20年たった今もアセンションを続けています。思えば20年前、”深く関わって深く学びたい”と、私が宇宙に投げた思いはしっかり叶えられました。

コース通訳になったことで、先生たちと東京以外でもコースに参加することができ、様々な人たちと出会うことができました。
アセンションを通してたくさんの教師、生徒さん、素晴らしい人たちに出会いました。今もそれは続いています。みんな様々な人生の物語を持ってコースに参加してくださいます。

今回もまた、そんなみなさんと出会うことを楽しみにしています。

コースの詳細はこちらからご覧ください。


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人との関わりの変化

2019/11/28 16:02 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2019/12/03 13:56 に更新しました ]



秋の紅葉を迎えると(少なくてもここ、テネシー州では、ほんのちょっとは秋があります^^)、ハロウィン、サンクスギビング、クリスマスと、アメリカは一気にホリデーシーズンを迎えます。今はサンクスギビングの真っ最中です。

サンクスギビングおよび(特に)クリスマスは、家族や周囲の人への感謝を表す大切な季節のイベントです。どうも本来の意義とか主旨から外れて贈り物合戦に走りがちなアメリカ人ではありますが、それでも家族・周囲に感謝を示し、行き交う人々の間でも、季節の挨拶を交わします。

******

さて、今日はそんな人への感謝について。

アセンションを続けることによって、自分の中の古い習慣が落ちていくと、生活の色々な面で変化が出てきますが、私にとって大きかったものの一つは人との関わり方の変化です。

嫌われたらどうしよう、捨てられたらどうしよう、などという恐れが自分の中にある時、人はしがみつきがひどくなります。相手の顔色を見ながらそれに反応し、一喜一憂して生きるようになります。

 

相手の顔色を見ながら生きている時、私たちは起きていることをありのままに見る能力を失います。必然的に、相手のいうことも真っ直ぐに聞けませんし、人への感謝も失われます。

 

恐れで一杯の心やマインドには、感謝がわく余地がないのです。

 

また恐れで一杯の心やマインドは、防御や反撃にも走りがちです。

 

私たちの多くは、そういった恐れがあることすら気づかず、反応し続けていることがほとんどです。そうして人間関係がなんでこんなにしんどいのか、私はどうして好かれないのか、などと言った、現実離れした発想・思考に沈んでいくようになります。

 

アセンションを通して心身の緊張がほどけ、意識がゆったり広がり始めると、そんな自分の癖に“あら”、と気が止まるようになります。

 

そしてここがアセンションのいいところですが・・・

アセンションではその癖を治そうとか、分析しようとは一切しません。

 

ただゆったりと、淡々と、アセンションに戻り続ける。

 

気がつくと、多くの癖もその元であった恐れもなくなっていました。

同時に、コミュニケーションが起きるようになったことに気がつきました。

 

一生懸命時間をかけてお肉料理を作って出したのに、旦那さんが“野菜が食べたかった”と言う。

 

一生懸命料理したのに、なんだと思ってるの!何様のつもり?だいたいこの人っていつも自分勝手なのよ“云々、云々と沸き続ける怒りに取り憑かれる代わりに、

 

え、そうなの?(あらびっくり)でもお肉作っちゃったし・・・どうしたいの?“

とシンプルに質問がおきます。

 

旦那さんはただ本音を言っただけで終わるかもしれませんし、野菜を作り直して欲しいと言うかもしれません。作るか作らないかはその時によるでしょうし、外食することになるかもしれません。

 

じゃ、自分で作ってね“と言うかも知れません(^^)

 

可能性は無限です。

もちろん、ガッカリしたら、その気持ちも伝えます。

 

ただすべての背後に“嫌われるかも”“捨てられちゃうかも”“何か間違ったことしたかも”と言う無意識の恐れや心配のエネルギー、その反動の怒りのエネルギーがないとき、口から出てくる言葉は素直でシンプルなものになり、相手にも伝わりやすくなります。

 

自分の中の恐れ、それに基づいた習慣であるとか、信条であるとか、心のなかのルールが減ると、その分自分の中の空間が増えます。

 

相手に求めるものも自然と減ります。

こうしてくれて当たり前、なんて存在しないからです。

 

この時、私たちは初めて、自分の都合の良いように相手を折ることを願うのではなく、人をありのままに受け止めることができるようになります。

ごく自然に、相手のあるがままに感謝が湧きます。

 

アセンションでは、このテクニックが賛美・感謝・愛そして慈悲に基づいているが故に、そしてこれらの感情を人工的に生み出そうとしないが故に、ごく自然に簡単に、そういったあり方が私たちの中に取り戻され、培われていきます。


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アセンション中の脳波

2019/11/15 18:36 に Kusum Ishaya が投稿

先日紹介したカーター君ですが、今は医大準備の傍ら、スポーツジムでトレーナーをしているそうです。
彼のジムにはEEG=脳波測定器があり、ニューロフィードバックという脳波の周波数を調整するプログラムを提供しています。

ニューロフィードバックは、運動選手や音楽家が集中力を高めるために用いたり、注意欠陥障害や心的外傷後ストレス障害の治療に用いられています。カーター君は過去に脳に強い損傷を受けているので、自分の脳の活動状態を知り、必要があれば改善プログラムを受けたいと思って試してみたそうです。

1回目の脳波測定では、デルタ波が顕著に現れました。また通常よくみられるように、異なる脳波の間の同期性がとても低かったそうです。
デルタ波は通常、深い眠りにある時に優位な脳波です。それが覚醒時に多く現れるのは、脳の健康な活動には少々気がかりだということで、改善プログラムを受けました。

その後カーター君はふと、アセンションしたらどうなるだろうと思いつき、もう一度、今度はアセンションしながら脳波を測定してみました。するとアルファ、ベータ、シータ、デルタ、すべての脳波が同期し、計測していた人を驚かせたそうです。他の瞑想時の脳波で、アルファ波のスパイクやシータ波の優位性が計測されたのに比べると大きく異なるもので、”これには改善の余地ないよ”と言われたそうです。

同期している脳は、最大限の能力を発揮します。部屋全体を照らしている明かりと、同じ明かりを一点に集めたレーザー光線との違いのようなものです。このような脳波状態は、メンタルに集中するのと違ったゆるやかさの中にあるもので、神経を消耗しません。視界を狭めて一点凝視をするのとは違う、深い安らぎの中にある明晰さです。

そしてこれが、本来人の自然な状態なのです。
アセンションは優しく、確実に私たちをこの自然な状態に戻すための手法です。


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恐れのない生き方 (その3)エゴなしで生きる

2019/11/06 15:07 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2019/11/06 15:08 に更新しました ]

さて前回のように、アセンションであまり役に立たない、不健康な思考パターンを遮り続けていくと、どんな風になるでしょうか。

ボーは20年前にアセンションを習い、教師になって11年です。
アセンションを続けることで起きた大きな変化の一つは、”自分”という感覚が薄れたことだと言います。
個体としての守らなくてはならない自分、という感覚が薄れ、全体の流れの中で自然に生きている感覚になると言います。

仕事は公務員ですが残業が多く、家に帰ってもほとんど毎日仕事しています。
大きな失敗が起きることもあります。長い1日をやっと終えてお風呂に入り、くつろいだ瞬間に、今終えた仕事に大きなミスがあったことを知らせるショートテキストが飛び込んできました。
風呂から即座に飛び出し、素っ裸でコンピューターに向かい、ミスを訂正。
10分ほど猛烈な勢いで仕事して、また風呂に戻ります。

ぶくぶくぶく・・・とお風呂に戻り、テキストを返しながら、笑みを浮かべています。
「大丈夫?」と聞くと、今思い出したように、信じられないしょうもないミスをした、と呆れたように頭を左右に振ります。私に聞かれる前には、すでにその出来事は頭から消えていた様子です。
「取り返せた?」と聞くと、全部は無理だったとのこと。
しかしそれ以上、何かしようとする様子もなく、気に病む様子もありません。

お風呂から上がると機嫌よくベットに潜り込み、翌朝も元気に仕事に向かいました。

翌日、帰宅後にミスの影響を聞いてみると、大変なミスではあるけれど、それ以上の余波はなく済んだとのこと。
「こんなミスをするはずじゃなかったのに、とか考えた?なんでこんなことになったんだ、なんて思考湧いた?」
と聞いてみると、じーっと考え、「そんなことは全然考えなかった」と言います。

「いつでも全力を尽くして生きている、ってわかっているから、それで何かが起きても、どうしてこんなことが起きたんだ、なんて発想は湧いてこない。”僕”が、”自分”が何かをしているのではなく、命がただ起きている、”愛”がただ起きているだけだから。」
たとえ自分が酷評されるような事態が起きても、起きていくることをすべて信頼していて、ただそれを受け止めます。

自分を責める、という感覚がどんなものだったか、思い出すのも難しい、と言います。
そんな風なので、人を責める、ということもまず起きないようです。
”ここが失敗だったな”とか、”この人はこういうことをしがちだな”などと客観的に認識することはあっても、”あいつがこんなことをしたせいで”、といったような発想がわくことがほとんどないのです。瞬間的にわくことがあっても、その思考を信じることがないので、すぐに流れていきます。

仕事で成功してもアチチュードを思い浮かべる。
ミスをしてもアチチュードを思い浮かべる。

そうしてごく自然に、人生の基盤が賛美・感謝・愛に変わっていくと、自分の中に自由な空間が増え、明晰さが増します。
周囲に対しても、自然と同じ目を向けるようになります。

人生の経験が、まったく違うものになります。

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恐れのない生き方 (その2)

2019/10/31 13:11 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2019/11/01 10:49 に更新しました ]

ではアセンションを習うと、前回のような状況はどんな風に変わっていくでしょうか。

私の場合は習った当時、考え事で夜眠れないのが通常モードといっていい状態でした。
とりあえず布団の中で寝る前に教わった通りにアセンションして、ちゃんとアセンションできているのかできていないのか、わからないうちに眠りに落ちていました。

朝、満員電車でまたもや、いつもの終わりないグルグル思考が頭を回っていました。そして”ああ、またいつもの考え。うんざりする・・・”と重たい気持ちになった瞬間に、”あ!アセンション・アチチュードを考えればいいんだ。”と思いつき、さっそく思い浮かべました。

まず、ほっとしました。
ネガティブな思考パターンがグルグル慢性的に頭を廻り、抜け出すすべもなかった私には、”他に考えることがある!”というのは大きな救いでした。”考えすぎよ”、”考えるのやめなさい”、などと言われても、”それができたら苦労しない”という状況だったので、考えるのを止めようとしてできない、という新たなループを加える代わりに、別の思考をただ思い浮かべる、というのは簡単にできてうれしかったです。

アセンション・アチチュードはどれも非個人的なもので、とてもニュートラルな思考です。
なのでそれまで頭をめぐっていた考えやストーリーを発展させることなく、プチッと切れ目が入ります。物語やパターン思考がそこで途切れます。
またアセンション・アチチュードは美しく、マインドの深い部分にとって魅力的です。なので思い浮かべると、なんとはなしに力が抜けて深い息がもれました。

へー、っと思いました。
そこでいつも必ず、とはいかないまでも、一日2回は目を閉じてアセンションをするようにし始めました。最初の頃はすぐに眠ってばかりで、アセンション=寝る、以外に何もない感じがしましたが、体の力がすごく抜けるのに気がつきました。

電車の中での体験に続き、道を歩きながらアチチュードを思い浮かべたら、見慣れた繁華街の汚い道が、急に美しく見えてびっくりしました。
そこで面白くなって、目を開けても思い出したときにはアセンションするようになりました。
すると、最初に経験したような特別な感覚はないけれど、仕事や日常で嫌なことがあったとき、それに心が反応してもすぐにアチチュードを思い浮かべると、即座に相手に反撃しようとするとか、慌てて行動して深みにハマる、ということが起きなくなっていくことに気がつきました。

心に浮かぶショックは、それが喜びでも悲しみでも怒りでも、むしろ前より強く感じるようになりました。体に起きる反応のすべてがありありと感じられ、ときには体が爆発するんじゃないか、と思うほどの感覚がある時もありました。しかしすべては強烈に起きて、素早く流れて行きました。
それまでのように反応を押さえ、色々考えて自分を納得させようとはするもののすっきりせず、いつまでもジクジク引きずりつづける、といったパターンとはまったく異なるものでした。

気がつくと、考え事で夜眠れない、というのは過去のことになっていました。
夜寝れないときは、夜通しアセンションする。するとなぜか心身は休まっており、翌日は快調に過ごせるーそんな経験を何度かした後、眠れないことに対する心配というのもなくなってしまいました。

さらに時が進むと・・・
次回は別の人の経験で、それをご紹介したいと思います。


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