恐れのない生き方 (その1)

2019/10/27 12:57 に Kusum Ishaya が投稿   [ 2019/10/29 15:32 に更新しました ]
アセンションを通して、私たちの人生との関わり方は大きく変化します。
”アセンション・アチチュード”と呼ばれる、短いフレーズを思い浮かべることで、私たちの人生への取り組み方ーすなわち人生に向かう”アチチュード(attitude=姿勢、考え方、取り組み方)が、恐れに満ちたものから賛美、感謝、愛を基盤としたものに移行します。
それは実生活において、どんな風に現れるでしょうか?

〜〜〜〜〜〜〜〜

例えば、あなたが仕事に追われる毎日を過ごしているとします。

毎日残業は当たり前、家に帰ってもメールやテキストはひっきりなしに飛び込んできます。それが週5日のみならず、週末も。
”やらなければならない”ことは山積みで、必死に働いても終わりは見えない気がします。
頭の中は、”やらなければいけないこと”、”やるはずだったのにできなかったこと”、周りの人からの注文等にどうやって追いついていくかで
終始いっぱいです。仕事の量と給料を考えると、割りに合わない気がします。
同僚の中には、同じ給料でもっと楽している人がいるのになぁ、なんて思考が湧いたり。
次から次へと舞い込んでくるメール、電話、テキストは、”この自分を追い詰める思考”を強化する一方です。

仕事をしながら、あるいは仕事のことを考えながら食事をし、電車に乗り、歩き、家に帰ります。
もしくは、考えないよう努力しながらテレビやYouTubeを見てボーッとします。
寝る寸前まで何かをし続ける生活をしていると、布団に入っても思考はなかなか止まらないので、
十分な休息を取れずに当然、疲れは溜まっていきます。

こんな毎日の中で、やっとその日の仕事を終えて風呂に入りくつろごうとしたときに、自分の大きなミスを指摘するメールが飛び込んできたら、どうでしょう?

疲れて減りすった神経は、必要以上に大きく反応します。

最初のショック、そしてパニックがそれに続きます。”どうしたらいいんだろう?”
呼吸が浅くなり、心臓がバクバクして、頭には血が上り、胃がギュッと縮まったような気がします。
最悪のシナリオが頭の中を渦巻きます。人々からの批判や揶揄の声が頭にありありと浮かびます。
必死になって間違い修正を行い、関係者で連絡できる人みんなに連絡をとります。夜遅くに連絡することを必死にお詫びし、間違いについて必死にお詫びし、できる限りのことをしますが、今できることには限りがあります。すでに起こしてしまったミスには、取り消しようのない部分もあります。もう風呂どころではありません。

布団に入っても不安は消えません。明日一体どんなことになるか、そして何をすべきか、ありとあらゆるシナリオと、対応策を考え続けます。最高の解決策が浮かんで全部大丈夫そうだ、と高揚した次の瞬間に、その案の最大の欠陥に気づいて絶望します。なんでこんなミスをしてしまったんだろう、こうするべきじゃなかったのに、ああするべきだったのに・・・果ては自分は子供の頃からこんな悪い癖があった、こういう運の悪さを持っていた、云々と、自分を責める声は止まることを知りません。

疲労困憊して朝を迎えます。

〜〜〜〜〜〜〜〜

さて、事態は自分が予測したよりまったく軽くすみ、エネルギーを無駄にした、あんなに心配することなかった、バカだったなぁ、で終わるかもしれません。あるいは予測通りの最悪の結果となるかもしれません。

もしくは、あなたはこんな風にミスに大きく(大袈裟に?)反応することはないかもしれません。

私は個人的に、事態が予測したより軽かったこと、予測通りになったこと、どちらも経験があります。
それはアセンションを通して、どんな風に変わっていったか、自分と周囲の人との経験を含めて、次回ご紹介したいと思います。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ    Twitterのフォローはこちらから→Follow @108ishayas